子どもが不登校になってから
毎朝バトルを繰り返して、グッタリだわ。
いくら言ってもゲームは、やめない。
話かけても「うるせー」と暴言を言われたり、無視される。
子どもの将来を考えると不安で夜も眠れない。
私の育て方が、間違っていたのかしら?
夫とも対立し一人孤独に悩んではいませんか?
出口の見えない不安と苦しみよくわかります!
私も学校や電車の中で考えるだけで
涙が流れてきたこともありました。
でも、大丈夫です!
8年間の不登校経験から生まれた
ラポールダイアリーは、
お母さんの心を強くし
お子さんとの信頼関係もより深まり
親子で自律した人生を歩めるようになるツールです。
長男が、不登校になったのは小学校6年生のときでした。
ある朝、「なんだかフラフラする」と言って2階から降りてきたのが始まりでした。
それまで、元気よく学校に行っていたので、たまには休んでもいいかと思い
「じゃあ、学校休む?」と言って休ませたのでした。
まさか、そのあと不登校になるなんて考えてもみませんでした。
あの日を境に長男は、朝は体調が悪い日が続きました。自室から出てくると
トイレに駆け込み吐くような声。私は、それをわざとらしい。演技に決まっていると思いとても冷ややかな目で長男を見ていたと思います。
それからというもの、毎朝、バトルを繰り返していました。
車に押し込み
無理して学校に連れて行けば、必ず保健室からお迎えに来るようにと電話が来る。
ある日、私はついに堪忍袋の緒が切れ、長男の胸ぐらをつかみ、壁に押し付け
責めました。
「本当は学校をサボりたいだけなんじゃないの?!」
すると、ぽつんと長男が「サボりたいだけかもしれない」と言ったのです。
その瞬間、長男の頭痛が嘘のように治ったのです。
長男の心の中は、周りは学校に行っているのに自分は行けないという劣等感と私に対する罪悪感、将来に対する不安、どうしたらいいのかわからないもどかしさでいっぱいだったようです。
それは、中学校の入学式には渋ることなく行ったことでわかりました。
でも、ちょっとしたことで中学にも行けなくなります。
1つは、委員会決めをする時、放送委員会に立候補した人が他に一人いて選ばれたのが長男だったのだけれど、そのあとの掃除の時間にそのもう一人の立候補した子からほうきで突かれたこと。
2つ目は、掃除をしていて床に置いてあったカバンが邪魔だったから
そこにいた女子に「どかしてくれ」と言っても無視されたため、自分でどかそうとしたら「触らないでよ」と言われたこと。
これがきっかけで、行けなくなったのです。
そして、ゲーム漬けの日々が続いたのです。
結局、中学は、ほとんど行きませんでした。
私は、高校進学もあったので焦りと不安でいっぱいでした。
私は、どうしたら長男が学校に行ってくれるんだろう?と毎日のように考えていました。
毎日、怒りながら言っても追い詰めるだけだからと思い、励ますように言ってあげようと
「今日は、制服に着替えられたね」
「今日は、校門まで行けたね」とか出来たことに注目し声をかけたりもしていました。
でも、長男全然楽しそうではなかったし、苦しそうな顔をしてました。
長男の本心は「行きたくない」だったのでしょう。でも、私のために私がやって欲しいことに一生懸命付き合ってくれていたのだと思います。当時の私は、自分の気持ちが先走り長男の気持ちを聴こうともせず、気づくこともできませんでした。
長男は、中学校には行かなかったけれど塾に行き勉強をし始めました。
その塾の塾長さんが、きめ細かく面倒を見てくれて、「君ならできるから」と背中を押してくれたのは長男にとって大きかったようです。
長男は、無事私立の高校に入ることができました。
初めは、長男も張り切って行きました。成績も学年で1番になりました。
でも、1年生の夏休み明け頃から、学校に行く途中でお腹が痛くなり、途中下車することが度々起こるようになりました。がんばって、無理して行った結果、ゲッソリ痩せてしまったのです。行きたくなくなった理由は、この高校の理不尽な考え方と堅苦しさでした。そして、1年生の12月に退学します。
次の年に公立の定時制高校に通い始めますが、教室の中はゲームをする人
おしゃべりする、電話をする人で授業にならず、3年生になる手前で退学。
この2つの高校は、私が見つけて長男に薦めた学校でした。
この時の長男の年齢は、18歳でした。
私は、このままだと高校中退と2回履歴書に書かなくてはいけない。
ちゃんと就職できないかもしれないという不安でいっぱいでした。
定時制高校を中退したあとの長男は、無意識のうちにスマホを触ってしまう。
ゲームも1度始めてしまうとなかなかやめられないともがき苦しんでいました。
でも、20歳になる少し前に自分から「俺は、ネット依存かもしれないから病院に行きたい」と自分から言ってきたのです。
長男は、心療内科に一人で行き、しばらく通院していました。
病院では、カウセリングを受け、話を聞いてもらい前向きになってきました。
そして、昔から夢だったゲーム会社に入るという目的を思い出し、ゲームプログラマーになるにはどうしたらいいか調べ、大学に行くと決意したのです。
20歳の10月。自ら環境を変えるためにゲーム機類を全て、おばあちゃんに預かってもらうことにしたのです。
大学は、2つ受かりましたが、1度落ちた大学を2次試験でもう一度受験し、みごと
合格したのです。学びたいことが学べ、自由な雰囲気の大学生活を心から楽しんでいました。
そして、自分が行きたいと思っていたゲーム会社にプログラマーとして就職したのです。
今では、一人暮らしを満喫しています。
苦しかった8年間の不登校生活
理由のわからない不登校
子どもが学校に行けなくなる原因は、友達との関係、いじめ、先生と合わない、勉強についていけない、無気力、起立性調節障害、発達障害など本当に様々だと思います。
中には、子ども自身も理由がわからない場合があります。親にしてみると、いじめられているわけでもない。友達とも上手くやっているのになぜ?
原因がわからないとどうしようもできない。やっぱり、単なるサボりぐせなんじゃない?と子どもを信じたいけど信じられない気持ちになってしまいますよね?
そうなってくると子どもの将来に対する不安や心配に加え、子どもを助けてあげられない不甲斐なさと親として子どもを信頼できず疑ってしまう自分を責めてしまい、心の中は真っ暗な大海原に投げ出されたように大きく揺れ、落ち着かない日々なのではないでしょうか?私も長い間、そんな日々を過ごしてきました。
学校は、30人くらいの小さな社会です。そして、その中でみんなが同じことを学び、同じことをするように教えられます。自分らしさ個性を出しづらい環境にあります。
「出る杭は打たれる学校にいる」ではないけれど、周りと違うことをすると否定されたり批判されたりします。ひどいとそれがいじめにまで発展してしまうこともあるのではないでしょうか。これが、大人になって会社であれば自分の意思で辞めることができます。
でも、学校は、特に義務教育であるとやめるという選択肢がありません。
子どもたちは、自分の気持ちを抑え、我慢していなければならない。その我慢が限界に達し、体が拒否反応を示すのが不登校だと私は思います。
子どもは、子どもから大人になる時期である思春期に近づくにつれ、自分らしさが出てきます。でも、学校では我慢して自分を抑え込み、無理に周りに合わせています。そのため、ストレスがかかり腹痛などが起こるのでしょう。
子ども自身も周りと同じようにしていくことが当たり前だと思っているため、自分らしさが出てきて、違和感を感じてもそれを無意識に自分の中で否定したり、封印し周りに合わせていくうちに自分らしさ(気持ち)がわからなくなり、体だけが拒否反応を示し、腹痛や頭痛などを起こすため、子ども本人も学校に行けない理由がわからないのではないかと思います。
親子関係がこじれ、不登校が長期化する理由
私は、「そんな社会に出たら、もっと我慢しなければいけないことなんていっぱいある。学校は、そんな嫌な経験をしどう乗り越えていくか学ぶ場所でしょ!」と思っていました。
だからこそ、甘えさせてはいけないと思い、無理やり学校に連れて行ったり、家での過ごし方に厳しくあたっていました。
また、親としては「この子を落ちこぼれにしてはいけない」。
周りから落ちこぼれては、この子が苦労するという親心から必死になっていました。
でも、私がそうやって厳しくすればするほど長男の心は離れ、家に閉じこもるようになり
親子関係もこじれていったのです。
長男の不登校が長期化した理由は、3つあったと思います。
一つは、私自身の思い込みです。
「学校は行くべき」「周りと同じようにしていれば安心」「親として子どもの道を指し示さなければいけない」といった思いがすごくありました。
その思い込みから長男を追い込んでしまったのだと思います。
2つ目は、この子の親は私しかいない、私がなんとかしなければいけない。ちゃんとした道を歩まさなければいけないと思い、自分の考えを押し付け、長男の話しには一切耳を傾けようとしませんでした。「〜〜しなさい」「〜〜してはいけない」「そうではないでしょ!」と命令、否定を繰り返し、長男を受け入れるどころか存在価値を失わせてしまうことばかりしていたのです。そのため、外に出る勇気さえ、失わせてしまったのです。
そして、3つ目は、私自身が周りに合わせて生きていくことが当然だと思って生きてきたため自分自身のことをわかっていなかったということです。
どう生きていきたいのか?どうしたいのか?わからず、周りと同じように出来ないとダメなやつと自分を責めていのは自分だったことに気付かされました。私は、親としての自分だけでも理想的でありたいと思っていたのです。長男が不登校になり「ダメな親」という烙印を押されたような気持ちになり、こんな自分は嫌だと自分を受け入れられず、もしかしたら自分の嫌なところを長男に重ねていたのかもしれません。
何を言っても否定し批判してくる親と話なんてしたくなくなりますよね。
不登校が長期化するのは、親が子どもの話を聞かず、自分の思いや考えを押し付けることで、親子の関係がこじれまくり、子どもを追い詰めてしまうからだと私は思います。
子供が不登校になると、
どうしてこんなに苦しいの?
子どもが不登校になると、どうしてこんなに苦しいのでしょう?
一つは、世の中の既成概念に囚われ、その枠の中で生きていこうとするからだと思うんです。その枠の中に答えがないからお先真っ暗になって不安になってしまうのでしょう。
二つ目は、味方がいないこと。自分の気持ちを聞いてくれる人がいない。わかってくれる人がいない。唯一相談できる夫にもわかってもらえなかったら、孤独ですよね。
三つ目は、子どもとこじれまくってしまい、子どもが部屋に閉じこもり何をしているか
わからず不安になってしまうから。もし、命を断とうとしたらどうしようとか、もう心配でいっぱいになってしまいます。
でも、見えたら見えたで、出来ていないところに注目してしまい、汚い部屋が気になったり、勉強もせず動画やゲームばかりしている姿を見てイライラしてしまう。
我慢と怒り、心配と不安でいっぱいなのにどうしたらいいのかわからないため苦しいのです。
子どもが不登校になっただけでも大変で苦しいのに、親子関係もこじれてしまったら
どうしたらいいのでしょう。
まずは、自分のことを俯瞰して見られるようになり、
1:お母様自身が自分の心と向き合い、自分の気持ち、考えに気づくこと。
2:自分の気持ちや考えを受け入れ、認め、癒してあげること。
3:お母さんが、自分らしく人生を楽しく生きること。
お子さんを1日でも早く学校に復帰させてあげたい思いは、よくわかります。
でも、ここは急がば回れで、まずは自分自身と向き合うことのです。
お母さん自身が「そのままの自分でいい」と受け入れられると
お母さんの心のコップが満たされお子さんの話に耳を傾けられるようになります。
ラポールダイアリーでは、最初にお母さん自身の気持ちにフォーカスし
何があってもブレない、微動だにしない強い心作りをしていきます。
学びを重ねていくうちに自分の本当の気持ちやお子さんの気持ちを俯瞰して見ることができるようになります。俯瞰して見ることができるようになるとお子さんの気持ちに寄り添えるようになり、親子関係がより良くなっていきます。
親子の関係を再構築しより強い絆にするためにできること。
お母さん自身が、本当に幸せな人生を生きられていますか?
親子で不登校を乗り越えるために、「親子の本当の幸せの形」を見つめ直してみると、お母さんご自身が、「私の本当の幸せってなんだろう?」と、自分の幸せが見つけられず、途方に暮れてしまうことがあるかもしれません。
もう歳だから、母親なんだからと「常識や世間体」などの分厚いフィルターが幾重にも重なり、自分の人生を幸せに生きる方法がわからなくなってしまっていることに気付かれるかもしれません。
世間から認めてもらうためやいい職につくための勉強ではなく、「知りたい!学びたい!」と自ら学ぶ楽しさを背中で教えてあげられていますか?
家の外の世界には、楽しいことがたくさんあるんだよと、子供が見てもわかるくらい、お母さん自身が楽しめていますか?
少々辛いことがあっても、自分が好きだと思えることは苦にならないということをお母さん自身が見せてあげられていますか?
当たり前ですが、自分で体験したことのないことを子供に教えるのは難しいですよね?
もし、お母さん自身が、「常識や世間体」から外れないように生きることだけが安心・安全な道で幸せに通づているのだと思い、子供にもその道を強いてしまっているとしたら、親子でとても窮屈な世界で生きているように思うのです。
自分の人生が楽しいと思えるようになるためには、「自己受容」と「自己肯定」が欠かせません。
自分自身を受け入れられるようになると子どものことも受け入れられるようになり、
親子で自分らしい楽しい人生を歩んでいけるようになるのです。
お客様のご感想
長男が不登校気味で、何かヒントになるものが見つかればと思って、参加させていただきました。特に心に残っているのは、「子どものことは、子どもに自分で決めさせる」ということです。今までずっと、私が先回りして、私が決めたことをさせていたなと反省しました。それからすぐに、子どもへの声かけを意識して変えました。が、急にうまくいかない状態です。根気強く、子どもを信じて続ける事が大事だなと思います。
自分は何なんだ?という思いをずっと抱えて来ました。
自分は人より劣っていて、何も得意なことはないのに、何故、何のために生まれて来たんだろう?と子どもの頃からずっと思って来ました。
岡田さんにLINEをいただき、「息子を理解したい」と「自分を知りたい」は繋がっているのかな?と鳥肌がたちました(笑)。息子のやりたいことに興味を持つ…なるほどです。
不登校のお子さんがいらっしゃったからの、共感や気づきは、とても説得力があり、揺れる母心を収めることが出来ました。
岡田さんの気さくさや、親しみやすさに、私も全てをさらけ出して話す事が出来ました。
そんな中で、色んな知識を元に、分かりやすくアドバイスして頂けて、沢山の勉強や、自分と向き合うことを、ご自身がしっかりとされてきたんだろうな…と思いました😊
学校に行って欲しいって私の口から出たことに驚きました。
孝子さんに、息子は強い子よって何度も言っていただき私自身そう思っていながらも、弱い息子を私が想像し、いらぬ心配をしていたんだなーって思いました。息子は、強い子です。
部活で辛く挫けても良さそうな場面はあったのに乗り越えて来てますもんね。
子供達の不登校という現状を受け入れてるつもりでいても、なかなか心から信頼出来ず、心配が手放せない自分がいて、それが自分の母親の嫌な所と似ているなと思ってモヤモヤする事がよくありました。
今まで自分の性格や人との関わりに自信が持てない所がありました。
勇気づけが必要なのは分かっているけど、なかなか子供達に出来ないという事も話させてもらったのですが、それが私自身が自分に価値があるという事を実感出来ていなかったからなんだと改めて気付かせていただきました。
ラポールダイアリーとは?
親と子どもの心は、心の深いところ、潜在意識でつながっています。
子どもは、親の心の鏡だと聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。
子どもがゲームばかりして、勉強をしないことが気になるお母さんもいれば
気にならない人もいます。
これは、お母さんの中に遊んでばかりいてはいけないという方もいれば、何かに夢中になることはいいことだと思う方もいるからです。
お子さんが小さな声で話しているのが気になる人もいれば気にならない人もいます。
これは、もしかしたらお母さん自身がもっと自信を持って大きな声で話したいけど
話せなくて、そんな自分はダメだと思っているからかもしれません。
ラポールダイアリーでは、お子さんとのやりとりの中で気になった場面を3つの視点から
自分を見つめ、客観的に俯瞰して自分自身と向き合っていただきます。そこから自分の中にある思い込みや封印していた感情を見つけ出します。
自分から出てくるひとつひとつの感情は、全て自分自身です。その自分の感情と向き合いながら自分と会話をしていくことができるようになっていくと感情に振り回されなくなります。どんな嫌な感情であっても自分自身が受け入れられるようになると
自分自身がだんだんと愛おしく思えてきます。
お母さん自身が自分を愛せるようになり、心のコップが満たされ溢れ出していくと
お子さんのことも心から信頼し愛せるようになります。
子どもは、愛されているという土台がしっかりと出来ていると自分の足で立ち上がることができるのです。
自立、自律するということは、ありのままの自分、どんな自分であっても愛されているのだという自信があってこそできることなのだと私は思います。
ラポールダイアリーは、お子さんにそんな自信を持ってもらうために
お母さん自身が自分で自分の心を満たせられるようになり、お子さんとの信頼関係が強くなるツールです。